ステディカム

カメラマン、ギャレット・ブラウンの発明(シネマ・プロダクツ社との共同開発)。これは画面のブレを防ぎながら手持ち撮影ができる撮影できるシステムである。
チョッキがカメラの重量をカメラマンの腰に伝え、バネ仕掛けのアームがカメラの動きを抑える。そしてビデオ・モニターがカメラマンをアイ・ピースから解放する。
高価で時間のかかる移動撮影の代わりになるので、ステディカムは製作費の節約になる。ハスケル・ウェクスラー撮影の『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(1975)ではじめて使われた。

スーパー・インポーズ

一つの映像の上にもう一つの映像を重ねること。多重露光(フィルムの場合)。日本では「スーパー」と略され、特に「スーパーインポーズド・タイトル」の意味で使われる。
即ち、場面や時や所、外国語の台詞の内容などを観客に知らせるため映像の上に重ねられた文字のこと。この意味のときには英語では普通「サブタイトル」と言う。

テクニカラー

最初の実用的なカラー・フィルム・システム。最初のテクニカラー長編映画は『虚栄の市』(1935)であった。1942年、テクニカラー社はモノパック・システムを導入した。
これは一台のカメラしか必要とせず、そのためカラー撮影に融通が利くようになった。しかし、カラーが標準になり黒白が例外になったのは60年代末になってからである。その頃までに、テクニカラーのテクノロジーはイーストマンカラーに取って代わられていた。
しかし、テクニカラーは染色転写プロセスを用いていたので、イーストマンカラーの単なる化学プロセスよりも優れた色彩と長持ちするプリントを作り出せたため、プロセスとして存続し続けた。
1970年代末以後テクニカラーは消滅しかかっている。現在、テクニカラーのプロセスを行っているのは中国だけである。

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2014.7.1 サイト開設